第五章 ユーラシアンオペラ「Continental Isolation」2018東京

2018年、2015年初演「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」は、2016年、コーカサス・プロジェクト、モスクワミーティング、2017年のバイカル・黒海プロジェクトでのコラボレーション経て、東京で「Continental Isolation」として集大成しました。

海外から訪れた4人の「まれびと」たち。4人のアーチストのそれぞれ背景にある音楽や、彼女たちとどのようなコラボレーションを行ったかの手記です。

ユーラシアの精霊たち 4人のマレビト来たる 紹介篇

 

サインホ・ナムチラク

Sainkho Namtchylak

ヴォーカル、美術家、書家(トゥバ共和国)

喉歌などの伝統歌唱とエレクトロニクスを駆使し、シャーマニズムや 仏教的な儀式に裏打ちされたパフォーマンスを世界に発信する 千の声を持つ遊牧地域出身の現代のシャーマン

 

喉歌、実験的なジャズ、古典、電子音楽、仏教的な思想を組み合わせて表現することのできる、世界的にも類稀なヴォーカリストとして知られている。ロシア連邦トゥバ共和国の中 でもモンゴルとの国境近く、南シベリアに位置する小さな村で生まれた彼女の初めての音楽 的なインスピレーションは、南シベリアからモンゴルまで続く無限の砂漠と草原(ステップ)の遊牧の民だった祖母が歌う子守唄からもたらされたものだった。感じるままに歌う社会(幸せなときも、悲しいときにも)の中で成長していった彼女は、モスクワのグネーシン音楽院で声楽を専攻し、同時にトゥバやモンゴルに特有の喉歌による倍音唱法やソビエト時代に長らく禁じられてきたシベリアのラマ教、シャーマニスティックな伝統 をも学ぶ。その後、トゥバ共和国の国立民族音楽団の歌手としてキャリアをスタートし、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダを回るツアーをおこなう。1988年には、民族的要素と現代的な要素を組みわせたスタイルをつくり出そうと試みるソビエト連邦のジャズアンサンブル「Tri-O」の主要メンバーとして西洋のメディアから注目を集め、その表現は驚きをもって迎えられた。また、ヨーロッパの音楽家とも積的にコラボレーションしており 、1993年に ヨーロッパのレーベルから「Out of Tuva」を発表し世界の音楽シーンに衝撃を与えた。 美術家、書家でもあり、民族の叙事詩を用い、声の表現やエレクトロニクス、ライブペイティングを融合させた総合的なパフォーマンスを、ウィーンー拠点に世界各地で行っている。7オクターブともいわれる声域と技術 、芸術的なリサーチと文化・宗教的背景に裏打 された彼女のパフォーマンスは「過去も、現在の最先端あるいは未開の領域までも、聴かせ、旅させる」と評されている。



 

サーデット・テュルキョズ

Saadet Türköz

ヴォーカル(トルコ)

中央アジアの語り物の伝統とフリージャズの融合 チュルク族の移民の歴史を体現する強靭な声で 世界の音楽シーンを横断する即興ヴォーカリスト

 

 

 即興ヴォーカリスト。東トルキスタン(ウイグル自治区)から政治難民としてイスタンブール に辿り着いたカザフ系の両親の下に生まれ、幼い頃に同地のカザフ・コミュニティーの長老 たちから学んだ中央アジアの語り物と、日常聞こえてくるコーランの響きと自由な節回しが、 後のスタイルの原点となる。20歳でスイスのチューリッヒに移り住み、フリージャズや即興音楽に出あい、それが自身の音楽的ルーツに塗り重なって、今の独特のスタイルに至る。 現在、チューリッヒを拠点に、世界各地の即興ミュージシャンと刺激的なコラボレーション を展開する。代表的な共演者に Elliot Sharp(ギター、サックス/米国)Fred Frith(マ ルチ/米国)Nils Wogram(トロンボ―ン/)Koch-Schuetz-Studer Trio(スイス)、 日本の音楽家では、琴の八木美知依、ヴォイス・パフォーマンスの巻上公一など。 2010年には国際交流基金主催日本トルコ現代音楽制作「Sound Migration」に参加。[オフィシャルウェブサイト} http://www.saadet.ch/index-flash.html 

 


 

アーニャ・チャイコフスカヤ

Anya Tchaikovskaya

ヴォーカル(ウクライナ)

紀元前にもさかのぼるウクライナ古謡の研究と

ロシア・アヴァンギャルド音楽の重鎮とのトリオを中心に活動する ウクライナの真珠と評される歌手

 

ウクライナ出身の歌手。幼少の頃をサハリン島で過ごし、ウクライナ、ロシア両国の伝統 文化を継承している。2004年にウクライナのドネツク音楽院卒業後、数々のウクライナの 主要な音楽家とともに活動。ジャズを中心に、ウクライナの伝統歌唱法も用いるその声に「ウクライナの真珠」との称号が与えられた。

  

  数多くのロック、ジャズバンドに参加し、ウクライナのカルトロックバンドとして知られる「Okean Elzy」でもヴォーカストをつとめた。2009年にはジョージアの詩人・作曲家 Irina Kudrjashovoj と共同作業を続け、アルバム『OljnDvir』をリリース。ウクライナの民謡、神話などのフォルクローレを題材にセカンドアルバムを制作。ロシアのサンクトペテルブルクに拠点を移した後は、ウクライナ古謡を研究し、紀元前にも遡るウクライナ地方の古謡や民謡をマスターした。同時に正教聖歌と西洋古典声楽への 理解を深め、アンドレイ・コンダコフ、ウラジーミル・ヴォルコフ、ヴャチェスラフ・ガイヴォロンスキーらロシアの前衛音楽家との出会いにより、即興的・演劇的なパフォーマンスを志向し、ウクライナ古謡を即興的に用いながらより自由な演奏スタイルへと移行した。

 


 

 

マリーヤ・コールニヴァ

Marya Korneva

ヴォーカル(ロシア)

広大な自然と、ロシアの知を継承する街イルクーツクに育ち 様々な音楽、演劇、映像のプロジェクトとコラボレートする シベリアの歌手、作曲家

 

  歌手、作曲家、ディレクター。イルクーツクに生まれる。秘境的生活で知られる正教古儀 式派(セメイスキー)にも出自をもち、国立民族劇団を主宰する両親の元で育つ。幼少の頃から音楽、演劇、民族芸能に慣れ親しみ、両親の劇団公演で訪れる民俗博物館で、シベリアの広大な草原に暮らすさまざまな民族の芸能の声を聞きながら育つ。 ロシア語や文学への関心をたかめ、とりわけ革命前の「銀の時代」の詩人に強く関心を いだき、それらを元に歌曲の作曲を続ける。イルクーツク州立大学で哲学とジャーナリズムを専攻し、ジュリア・クリステヴァ、ウンベルト・エーコ、ホルヘ・ルイス・ボルヘスなどを研究し、哲学、思想、言語への関心を自らの音楽に還元するため、合唱や作曲を専門とするフレデリック・ショパン記念イルクーツク音楽学校で学ぶ。 イルクーツク州交響楽団でソリストとして活動するほか、女優、歌手としてドラマシアター で活動。東洋の身体技法を習得しながら、様々な音楽、演劇のプロジェクトに参加し、ジャズ、アヴァンギャルド、即興、電子音楽、民族音楽を演奏。自身で作曲も行い、実験映像とのコラボレーション作品を多数残している。

 

音楽詩劇研究所イルクーツク公演(イルクーツク現代美術館、ロシア、2017